金沢未来文庫
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小泉のほとり新聞
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八景
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桜
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ニュース
Jun 09,2018
宮川沿い桜並木(大島桜・ソメイヨシノ)
宮川沿いの小泉橋を起点とした桜群。日露戦争の戦勝記念に植えられたといわれる。
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道
Jun 11,2018
朝夷奈切通
仁治ニ年(1241)に工事が着手されたと記録がある朝夷奈切通は、鎌倉幕府が六浦と鎌倉を結ぶ幹線道路(六浦道)を開通させるために、山を切り開いてつくられた道路です。 金沢・六浦は風浪を防ぐ良港だったため、鎌倉幕府の外港として、物流の拠点となりました。六浦や釜利谷で製塩が始まると、朝夷奈切通を通って、鎌倉に塩が運ばれました。 ※地名としては古来から「朝比奈」が使われていますが、国指定史跡の正式名称は「朝夷奈切通」となっています。 注)文章および写真の引用・参照元:
横浜市サイト「歴史色づく横浜金沢」
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八景
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桜
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ニュース
Jun 09,2018
富岡総合公園のソメイヨシノ
鳥見塚バス停からケヤキ広場までのソメイヨシノの桜並木。240本ほどが植えられている。
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貝塚
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ニュース
Jun 11,2018
称名寺貝塚
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道
Jun 11,2018
浦賀道
「浦賀街道は平分村より三浦郡浦郷村に達す」と『新編武蔵風土記稿』が述べているように、この道は六浦から浦郷を経て、浦賀に向かう古い街道です。(平分村とは現在の三艘・及び瀬が崎の大部分を指します。) 江戸幕府は、江戸湾に入る船舶を管理するため、元和2年(1616)下田に番所を設けましたが、風波の難が多いのでこれを廃し、享保5年(1720)浦賀奉行の設置とともに番所を移しました。 これと関連して江戸と浦賀を結ぶ陸路、浦賀道も重要度を増すこととなります。 注)文章および写真の引用・参照元:
横浜市サイト「歴史色づく横浜金沢」
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八景
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桜
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ニュース
Jun 09,2018
手子神社の右手に咲く山桜
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道
Jun 11,2018
六浦道(鎌倉道)
元来この道は鎌倉幕府の軍事的、経済的意図の基に開かれた幹線道路です。 金沢は、地理的・軍事的に鎌倉の搦手に位置しており、房総半島との交通の要・外港として重要な拠点でした。 注)文章および写真の引用・参照元:
横浜市サイト「歴史色づく横浜金沢」
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道
Jun 11,2018
白山道
白山道がいつ開かれ、いつ頃から白山道と呼ばれるようになったか明らかではありません。しかし、この道は少なくとも鎌倉時代中期には開かれたと思われます。 注)文章および写真の引用・参照元:
横浜市サイト「歴史色づく横浜金沢」
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遺跡
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Jun 11,2018
室ノ木遺跡
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貝塚
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Jun 11,2018
野島貝塚
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